Jun 09, 2011

赤ら顔の原因と構造

赤ら顔は、皮膚の下に流れる血の色が透けて見えるのが原因となっており、毛細血管が拡張して、このような症状が現れることが知られています。特に皮膚の薄い人や肌が敏感な人でよく、他の精神的なことが原因になっている場合もあります。赤ら顔の症状が現れる位置と色の出方も人によって差がありますので、その原因を見つけることが治療の第一歩です。
脱毛もどのような脱毛方法が最適なのか、安全かどうか、様々な多くてよく分からないですね。そのうちの一つである医療脱毛は、専門の医療機関のみが行うことができる除毛方法ですが、そうです。医療脱毛は、医療レーザー脱毛とも呼ばれているそうです。は、レーザー脱毛のでしょうか。レーザー脱毛は、医療機関ですることなく、可能なもの。も様々な多くてよくわかりません。
 栃木県内のデイサービスセンターで働く介護福祉士・えりのあさんは、プロのシンガーソングライターとしても活躍している。

【複数の写真が入った記事】
 自らに付けたニックネームは「栃木の耕運機」だ。
「みんなの心を耕し、心に花を咲かせっぺや(花を咲かせよう)」
 耕す畑は、介護サービスの利用者やライブの来場者をはじめとした人の心。耕運機のシャベルの役割を果たすのは、介護と歌。そして畑に咲く花は、人の笑顔だ。


■「その人しか言えない言葉を聴き、歌を作る」

 彼女は介護の現場に出向く日も、必ずギターを抱えて行く。ケアの合間を利用し、自らの詩とギターを披露するためだ。
 現場での演目は、決まっていない。リハビリ体操のための歌を披露することもある。施設の名前を織り込んだオリジナルソングを歌うこともある。そして時には、利用者から聴いた話をリズムに乗せて披露することもある。
「お年寄りにも子どもにも、その人にしか言えない言葉がある。誰にでも必ずある。そんな言葉を聴いた時、曲を作るんです」

 実際、アルバム「瞳を閉じないで」にも、利用者の体験から生まれた曲が収録されている。「てつお」もその一つだ。“原作”をえりのあさんに授けたのは、1921年(大正10年)生まれで認知症患者の女性。その内容は、乳飲み子だった「てつお」を育てながら、夫の帰還を祈り続けた戦時中の体験だった。「てつおがおなかにいる時 父さんが陸軍で満州へ」
「桶に水を張り 軽石を浮かせ 父さんの足が軽くなれよと 毎日かかさず水を張り替えた」
「あんたに知らせるすべは写真と手紙 だけど届かない だから帰って来てね」
 
 この歌を披露した時、施設に来ていた利用者全員が涙を流しながら歌に聴き入った。ほとんど表情を動かすこともない重度の認知症の利用者すらも、目を潤ませながら耳を傾けた。
 太平洋戦争を経験した80歳代以上の高齢者にとって、家族の無事を祈り、再会をこいねがう「てつお」の歌詞は、かつての自分たちが抱いた思いを代弁した言葉だった。
 その事実に気付いた時、えりのあさんの目にも涙があふれた。込み上げる涙をこらえ、声を詰まらせながら歌い続ける彼女に、一人の利用者がゆっくりと近づいた。
「まひで片足がほとんど動かないおばあちゃんだった。普段はつえを手放せない人なのに。この時は、つえも突かずにわたしのところまで歩いて来てくれた。泣きながら、足を引きずりながら、ハンカチを届けてくれた」

■「介護」を伝えるため、歌い続ける

 介護も音楽も、「どっちにも真剣」と言い切るえりのあさん。福祉系の大学に通学していた時には、2つの領域をつなぐ音楽療法に興味を持ったこともあったという。ただ、古い曲を聴いて記憶を取り戻していくという従来の音楽療法に取り組む気にはなれなかった。
「高齢者や障害者が持っている思いを傾聴し、その言葉を歌にしたかった。一人ひとりの思いを聴き、自分なりの音楽療法をやりたいと思った」
 認知症患者にも、「早く死んでしまいたい」と心を閉ざす高齢者にも、大切にしたい記憶や、その人にしか語れない言葉が必ずある。それを思い起こしてほしい。そして歌にして、より多くの人に届けたい。同じように悩み苦しんでいる人に、生きる力を取り戻してもらうために-。この思いが、えりのあさんの活動を支えている。
「高齢者や障害者だけじゃない。一般の人にも、介護が身近なことであることや、大変なことだけじゃないことを伝えていきたい。だから、わたしは介護にも音楽にも本気で取り組んでいます」

■「ケアプランより、利用者のペースと気持ちを守ることが大切」

 もう一つ、取り組んでいることがある。施設への福祉器具の寄贈だ。器具を購入するための資金は、ライブやグッズの売り上げの一部から捻出しており、今年4月までに、14の施設に車いすや歩行器を贈った。
 その活動中、ひどく悲しい場面に出くわしたことがあったという。
「器具を寄贈した施設で、介護職員が利用者を“物”として扱っている姿を見てしまったんです」
 利用者と会話もせず、目を合わせようともしない職員は、淡々と食事の手伝いをし、体位交換をし、排泄介助を進めていた。自分の行為が利用者を物扱いしていることすらも気付かず、ただ、目の前の業務をこなし続けていた。
「多分、予定通りの介護をこなすことだけで精いっぱいだったんだろうけど…」
 ケアプランを守ることより、利用者のペースと気持ちを尊重する方が大切なはずだ。計画時間を多少オーバーしてもいい。利用者を物扱いするより、その心に寄り添う介護を実現する方が、ずっといい-。そう信じるえりのあさんにとって、仲間であるはずの介護従事者が利用者の心を忘れている光景は、正視し難いほどに悲しい光景だった。
「介護の根底にあるものが、人への思いやりであることを忘れないでほしい。そして介護には3Kがあることを気付いてほしい。きついとか、汚いとかじゃない。『感動・きらめき・感謝』があるということです。それに気付けば、利用者を“物”として扱うことなんてできないはず」


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